秋のある昼下がりのこと。
私は、いつものように晩御飯の買い出しへと、町へ出ていた。
この所大きな事件も無く、平和な日々が続いていたせいか、
私は知らずのうちに油断していたのかもしれない。






「あのぅ……すいません。」
「はい?」
一人の侍に、後ろから声をかけられ、私は足を止めた。
「京に来たのが初めてで、ちょっと道を尋ねたいのですが…」
「いいですよ。」
振り向いた途端、声をかけてきた侍がニヤリと笑った。
「…………!?」


嫌な感じがする。
そう思ったときにはもう遅かった。


「お前、新選組の女だな?」
言い終るか終らないうちに、鳩尾に拳を食らい、私は意識を失った。



















それから、一体どのくらい経ったのだろう。
目を開けると、もう日が暮れかけている。
辺りを見回すと、赤や黄色に色づいた木々が鬱蒼と茂っている。
どうやら、気を失っている間に、町の外れに連れて来られたみたいだ。
動こうと思っても、後ろ手に縄で縛られ、どうすることもできない。



「よう、お目覚めかい?女剣士さん。」
声のする方向を見やると、二人の男が立っている。
そのうちの一人は、不逞浪士…と呼ぶには、いささか違和感がある。
きちんと髷も結っているし、着物もなかなかのものだ。
「そう、怖い目で睨まないでくれるかい?」
「貴方は誰?私に何の用!?」
「俺の名は久坂玄瑞だ。」
「……………!!」



聞いたことがある。
長州の藩士で、吉田松陰の門下生の中でも優秀だと言われた四天王。
その中の一人が確か……





「あんた、山南の女だろう?」
「………は?」
突拍子のない質問に、思わず間抜けな声を出してしまった。
「俺達が攘夷を目指しているのは既に承知のことだろう。」
「ええ、まぁ……」
「その目的を達成するのに、山南のような平和主義者が
新選組にいると、邪魔なんでね。」


「…………………まさか…」

「勘のいい女は悪くない。そう、ここで山南に消えてもらうのさ。
あんたはそのための餌って訳だ。」

「なっ…………!」


まさか、こんな形で山南さんに迷惑をかけることになるなんて。
迂闊だったと今更悔やんだ所で、後の祭だ。
「自分の可愛がってる女が捕らわれたとあっちゃあ、
流石の総長さんも、黙ってはいられないだろう。」
そう言って、久坂さんともう一人の男は満足そうに笑っている。




でも、ちょっと待って…?
「山南さんが来るとは思えないんですけど。」
「誤魔化そうったって無駄だぜ?」
「いや、誤魔化すもなにも、私山南さんの女って訳じゃないし…」
確かに私は、山南さんのことが好きだけど、その想いを口にしたことはないし、
山南さんが私のことをどう思っているかだって知らない。
山南さんが、隊の存亡と天秤にかけてくれる程、私を想ってくれているとも思えないし…




「まぁいい。いずれ判ることだ。」




私の発言に、少々気を悪くしたのか、それ以来久坂さんは眉間に皺を寄せ黙ってしまった。
一緒にいたもう一人の藩士が、口を開きこちらへ近づいてきた。
「こんな小娘のどこがいいのかねぇ?」
そう言うなり、頭の先から脚の先まで、ジロジロと眺めてくる。
何だか凄く馬鹿にされてる気がするんですけど。



「山南がよっぽどの物好きなのか、それとも…」



目の前で屈んだ藩士は、ニヤッと笑うと、襟元を割って中に手を滑らせた。
「こっちの方がよっぱど上玉なのかねぇ?」
「やっ…止めて下さいっ!」
「俺にも教えてくれよ。総長に取り入ったその技をさぁ♪」
「そんなもの、知りません!」
必死に抵抗しても、縄で縛られ手は使えず、相手は男、びくともしない。
胸を弄られて、背筋に寒気が走った。



「おい…止めないか。面倒は起こすな!」

「いいじゃねぇか、少しくらい…減るもんじゃねぇだろ。」

「……全く、お前の悪い癖だ。」


側にいる久坂さんも、本気で止めようとはしてくれない。
暫く胸元で蠢いていた手が、ふと袴の裾へと伸びてきた。
「やっ……やだっ!」
足に力を入れて抵抗しても、それは簡単に解かれてしまった。
手は徐々に上へと伸びてくる。




こんな屈辱ってないよ。
もしこういうことがあるなら、相手は山南さんだったら…と、ずっと思ってた。
それなのに、こんな見ず知らずの、それも長州の奴に…
悔しさと恐怖で、涙が込み上げてきた。




「山南さんじゃなきゃ嫌っ!!」


「大人しくしろ!」


私はその時死を覚悟した。
このまま、この男に辱められるくらいなら、ここで自害する方がいい。
舌を噛み切ろうとしたその時………





「その手を離したまえ!」




苛立つように聞こえる葉音と供に、山南さんが現れた。

荒くなった息を整えながら、ゆっくりと近づいてくる山南さんの表情は、
遠目からでも判るほど怒りに震えている。
今まで、こんな山南さんの顔を見たことがない。
温厚だといわれている彼とは、全く別の顔がここにあった。
「貴様…彼女に何をした!?」
「へぇ〜そんなに怒るとはねぇ。よっぽどこの女が大事と見える。」
「いいから早く離れろ!」
「じゃあお楽しみは、後に取っておくとするか。」
そう言って藩士は立ち上がると、剣を抜いて山南さんに斬りかかった。


「まずはお前を始末してやるよ!」


しかし、藩士の剣が山南さんに届くよりも先に、山南さんは相手の剣を払い上げていた。
そのまま間髪入れずに、無防備となった脇腹へと一撃を入れる。
「ぐあっ……」
藩士は鈍い唸り声と供に、前倒しに崩れた。
「峰打ちだ。あばらのニ、三本は折れてるかもしれないが、急所は外してある。」
藩士に注がれていた視線は、久坂さんへと移った。


「一つ聞きたいことがある。」

「何だ?」

「これは、桂さんの差し金か?」

「まさか!先生の手を煩わせるまでもない。ここでお前を消しておけば、
先生も今後動き易くなるだろうと思ってな。」


「生憎今日の私は機嫌が悪い。これ以上は手加減できそうもない。
早い所この男を連れて立ち去るがいい。
そうすれば、今回だけは見逃してやろう。」


そう言って、山南さんは切っ先を久坂さんへ向けた。


「だが、二度目はないと思え!」
「ちっ!」

久坂さんは悔しそうに顔を歪めると、倒れた藩士を担ぎ、足早に去っていった。




くん!大丈夫か!?」
駆け寄ってきた山南さんは、いつもの表情に戻っていた。
急いで縄を解いてくれる。
「すまない、私が気を付けていれば、こんなことには…」
「大丈夫です。それよりも、私こそ山南さんに迷惑をかけてしまってごめんなさ……」
言い終るか終らないうちに、私は山南さんの腕の中に閉じ込められてしまった。
「や…山南さん!?」
「もし君に何かあったらと思うと、ここに来るまでの道中、気が狂いそうだった。」
「え……?」
顔を上げたけれど、辺りが闇に包まれ、はっきりと山南さんの表情を伺うことはできなかった。
けれど……………………



















額に暖かいものが触れた。






「怖い思いをさせて、本当にすまなかった。」
そう言って山南さんは、きつく私を抱き締める。
これは夢?
夢なら、もう暫くこのままでいさせて欲しい。
今にも震え出しそうなのを必死で抑え、ゆっくりと山南さんに体を預けた。
もう少しだけ、このまま…………












屯所に戻ると、門の前で斎藤さんが待っていた。
「山南さんはあれで満足したのか?おれならもっと…」
「そういう問題じゃないだろう?それより、居たならどうして彼女を助けてくれなかったんだい?」
「駆け付けてきたのが見えたから……」
「全く……」
山南さんは苦笑いをしているけれど、
私には斎藤さんの言わんとしている事がいまいち良く分からなかった。



って、ちょっと待って!?



「斎藤さん、あの場所に居たんですか!?」

「ああ………」

「……一体どの辺から…?」



「『山南さんじゃなきゃ…』って辺りから…」



「…………!!」
まさか、あの言葉を斎藤さんに聞かれていたなんて!
この場から早々に立ち去りたかった。
穴があったら入りたいって、きっとこういう時のことをいうんだろうな。









あとがき

このお話はまぁ、言ってみれば「土方の女」山南版ってトコでしょうか?
書き始めたのは初秋だったのに、イラストも9月には描き終えていたのに…
お話を打ち終えられなくて、ズルズルとUPが伸びてしまいました(汗)。
山南さんに助けて貰えたら…という願望から出来上がった…と
いうよりは、山南さんVS久坂玄瑞のやり取りを書きたかったのです。
大河では男前で、注目度の高かった久坂さんですが、
恋華じゃあ顔は愚か、声も出てきやしない(苦笑)。
かなり血気盛んな性格の御様子なので、彼の野望には
山南さんのような温和な佐幕派の人間は、さぞ邪魔だろうなぁ…
と考えていたら出来上がったお話です。
最後の屯所前でのやりとりは、ちょっとした愛嬌(?)
UPする前は山崎さんで書いていたんですが、斎藤さんに書き直してUPしました♪



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